利害の異なる関係者同士での対話を通じ、社会課題の本質を捉え、協働していくことの大切さ ~リジェネラティブな事業探求ゲーム「スズキクエスト」レポート~
(2026年9月18日掲載)
6月4日(木)、中央日本土地建物グループのR&D点「NAKANIWA」にて、一般社団法人Earth Companyが主催するイベント「スズキクエスト」が開催されました。「スズキクエスト」は、実在する漁協を舞台に「最近スズキが減っている」という現状に直面する中で、経済性と環境を考えて未来のためにどうすればいいのか?を参加者一人ひとりがさまざまな立場の関係者になりきり、一同に会してディスカッションするユニークなワークショップです。イベントの様子を、筆者が参加者としてワークショップに加わりながら取材してきました。
ワークショップを通じて、海洋環境保護に関する社会課題を共有する
今回のワークショップは、官民交流拠点「Tolaza」の取組の一環として、中央日本土地建物株式会社が「NAKANIWA」を会場提供する形で開催されました。Tolazaは2027年10月に虎ノ門に竣工予定のオフィスビル「TORANOGATE」に開設予定の施設です。
Tolazaでは、産官学民の多様なセクターによる対話を通じ、社会課題を多角的かつ幅広い視野で捉えることで3つのキョウソウ(共想・共創・共奏)を通じた社会的インパクトの創出・活性化を目指しています。今回のワークショップを通じて、多様なセクターによる対話の重要性を参加者のみなさんに疑似体験いただく機会として今回のコラボが実現したとのこと。
講師は一般社団法人Earth Companyの村山裕紀子さんと小松紀子さん。Earth Companyは “リジェネラティブ”をミッションに掲げ、社会を変えていくアジア太平洋地域の起業家「インパクトヒーロー」支援や、社会課題を共有する学びの場「インパクトアカデミー」などの事業を手掛けています。「スズキクエスト」もまた、海洋環境保護に関する社会課題をきっかけに、人と社会と自然がみんなで繁栄するリジェネラティブなあり方を考える内容となっています。
「魚を多く獲ってこそ漁師」の立場でスズキについて考えることに
まず環境変化による減少が危惧されているスズキをテーマにディスカッションを行うことが説明されると、参加者には中身の見えない状態でひとり1冊の資料が配られました。開けてみると、そこには自分が担当する“役”のプロフィールがまとめられています。
参加者は3つのグループに分けられ、それぞれ以下の役が割り当てられました。
・若い後継ぎを擁する船団A代表役
・昔気質の船団B代表役
・海洋環境問題に関する有識者役
・船団B代表と同じく昔気質の漁業協同組合 組合長役※
・スズキ役
・海役
※漁業協同組合 組合長役は人数の関係上、取材日にはグループ1のみで登場

ここで小松さんから各グループの海役へ「40億歳の海にとって、『産業革命が起こり、人間が増え、経済が発展した』のは、1日で例えれば23時 59分 59 秒ごろ。海の長い歴史から見るとごく最近のことなんです」とアドバイスが。
続いて参加者は、それぞれ自分の役に合わせたニックネームを考え、グループ内で役になりきって自己紹介を行いました。
この日、グループ2へ参加した筆者が担当することになった役は「船団B代表」。「生まれてこのかた漁師一筋」という人物です。そのイメージから「巌(いわお)じいさん」と名乗ることにしました。自己紹介も「こちとら生活がかかってるんだから、魚をたくさん獲ってなにが悪い」といった具合です。
「スズキ」役の「ギョギョちゃん」は「こちらからしたらちっとも持続可能ではないですよ。毎日が闘いです。この数世代、際限なく仲間が捕まっています。そんなのおかしい」と憤懣(ふんまん)やるかたない様子をあらわにします。
「海」役の「Mother Ocean」も「不必要な港を人間がたくさん建てたことで、魚も海藻も多くが死んでしまいました」と嘆きます。しかし、「たくさんの生き物のホームとして、生き物同士のつながりを育んで、未来を豊かにしたい」と、40億年の年の功ものぞかせました。
「船団A代表」役の「山本」は、若い頃こそ巌じいさんと同じようにやってきたものの、「最近数十年だけでも、魚の種類もスズキもどんどん数が減っている。このままではまずいのでは」と、不安を口にします。そして「あと5年ほどで息子が船に乗るので、今のうちに後世のためにできることを」と続けました。
アメリカの大学院で海洋保全について学び、帰国後、日本で海と人の豊かな関係構築を目指す団体に参加しているという「海洋有識者」役の「博士」。彼も「漁業者、国、行政、科学者、研究者、市場、飲食店、消費者などさまざまなステークホルダーと協業しながら、日本の海をいかに持続可能にするかということに日々取り組んでいます」といい、課題解決への意欲を示します。
「話が難しい」「後先考えていない」「せめて産卵期だけは」……それぞれの立場が交錯
自己紹介を終えると「それぞれが抱えるモヤモヤを伝え合う」ところからディスカッションがスタートしました。筆者のいるグループ2ではまずMother Oceanが「魚を獲る人間は昔からいたけれど、ここ数十年の獲り方は後先を考えていない感じがある」と懸念を表明します。これに巌じいさんが「難しいことはわからないが、法律には違反していない」と食い下がると、博士が「スズキ自体が魚類保護の優先リストに含まれている」と返し、ギョギョちゃんも「僕たちもいっぱい卵を産んで数を残していきたい。せめて産卵期だけは獲るのを少なくするとか……」と訴え、それぞれの考えが見えてきました。
各グループでそれぞれの言い分が白熱してきたところで、村山さんがグループ1へインタビュー。「漁業組合長」は海の男らしいしゃがれ声で「ちょっとね、話が難しくてね、耳に入らない。もはや日本語に聞こえない」と難しい顔です。そして「海」は「人間は目先のことしか考えていない。自分で自分を苦しめているのでは……」と首をひねりました。

ここでディスカッションは「全員にとって良い状態を目指して話し合う」フェーズへと進みます。村山さんからは「全員にとって良い状態とは自分だけ、今だけ、売り上げだけでない未来なのではないか」とヒントが与えられました。
また「海洋有識者」へのアドバイスとして、サステナブルな漁業に関する認証制度「MSC認証」と、MSC認証を取得するためのステップでもある「FIP(漁業改善プロジェクト)」の概要、そして、これらの認証を取得すれば以前より価格を若干引き上げられるというメリットが紹介されます。

再びディスカッションを始めた各グループ。筆者のいるグループ2でも、博士は認証について説明しながら「(認証を取得すれば)安い値段でたくさん売らなくても、少し高めの適正価格で適正な量を卸していけるようになる」と訴えます。若い後継ぎの将来を案じる山本も「家族や船員にも誇れるような品質で供給していきたいので、少しでも高い値をつけてくれるところがあるのであれば、やってみたい」と乗り気です。
話は漁業量の調整時期をスズキの産卵期に合わせることや、付加価値をつけた加工食品を開発し、漁業量調整期間中に提供することなど、より具体的なものになっていきます。
そこでMother Oceanから「スズキが卵を産む場所が減ってしまっているし、小魚の隠れ家となっているような海藻の森も減っている。海藻の森を育てれば、スズキも他の魚も増やしていけるのでは」という、より長期的な目線に立った提案が出てきました。これにはほかのメンバーも「スズキ自体を増やす発想はなかった」と感じ入った様子でした。
筆者は巌じいさんとして「例えば『魚を獲らないほうが褒められる』にしても、褒められるだけで収入は減るとなると困る。かっこいいだけでは食べていけない」と正直な胸の内を明かしました。博士は「行政主導で補助してもらったり、本当にやれるのかを、漁業管理体制含めて考えたりしていく必要がある」と策を示しますが、それでも巌じいさんは「自分の時代には間に合わないかも」と不安が残ります。
移行期の漁業関係者の暮らしをどのように補償していくか、「周りに構わずスズキを獲ったほうが良い」とならないよう、漁業者同士を横並びにするにはどうするべきか、ディスカッションは続きました。
「スズキを守ろう」「人間が悪い」だけではない、多種多様な考え方に触れていく
自己紹介を含め1時間ほどディスカッションが繰り広げられたところで、各グループの話し合った内容について、全員で共有する時間が設けられました。
グループ1は「まず、船団Aが代表としてFIP(漁業改善プロジェクト)に取り組む」という方向性を示しました。プロジェクトによる売上低下を恐れる船団Bや漁業組合長も、「スズキを獲りすぎると将来のためにならない」ことには一定の理解を示している、だからまず小さく取り組んでみて、うまくいったら船団Bにも広げるといいます。
村山さんに「それで大丈夫なんですか?」と問われた漁業組合長も「自分が生まれた海が汚くなっちゃうのは嫌だから。海は大事にしたい」といいます。この様子に対して海は「やっと始まったか」と、40億年のスケールを感じさせる発言で会場を和ませました。
グループ2は「国がリードして海の環境を良くしていく」という方向性を示しました。魚を守る土台として海の環境を整えること、そして時間やお金がかかるこの取り組みのために、環境保護に資する漁業設備に補助金・助成金を出していくことがまず考えられるとしました。
巌じいさんとして今の気持ちを問われた筆者も「スズキを獲る以外の生業も考えなきゃいけないのかな。国が助けようとしてくれるなら、なんとかなるのかも」と正直に伝えました。一方、他メンバーの時間軸の短さを実感したMother Oceanは「昔の人のように、海を敬い大切にしてくれれば、改めて人類と海が共に豊かに生きていける」と締めくくりました。
グループ3は「漁師の人生を持続可能にしたい」を起点として、大漁・不漁に関わらず価格の振れ幅をなくしてみる、スズキの産卵期には禁漁を実施して観光に力を入れてみる、そうなるとスズキが喜ぶのではないかと考えたといいます。
このグループでは海ですら「漁師たちの暮らしが本当に切実だったので。『人間が悪者』というよりは、人間にも魚にも豊かに生きてほしいですね」と人間に寄り添う姿勢を見せます。また海洋有識者は「少し残念だったのは、行政役がいなかったこと」と述べ、「個人の限界もあるので、ぜひ行政も一緒にやってほしい」と続けました。

各グループのひとまずの結論がまとまったところで、このワークショップのモデルとなった東京湾・船橋市漁協の事例紹介動画が上映されました。勉強会の開催、データによるスズキの漁獲量管理、水揚げ直後に締めることによる高付加価値化、産卵期3カ月の禁漁、江戸前食文化の継承をテーマとした食育……7~8年をかけてこれだけの取り組みを、何度も話し合いを重ねながら、民間主導で進めてきたといいます。
村山さんはワークショップについて、知識を収集して頭で理解するだけでは自分事化しにくいため、腹に落ちるには今日のような自分事としての体験・体感が重要で、それから行動につながっていくと解説。最後に振り返りとして、参加者各々が白紙のサイコロに今日感じたことを書き込み、グループでシェアする時間を設けました。
グループ2では「どんな行動を起こすにしても、知識の共有がないとなかなか行動に移りづらい」「役割を演じて体験したからこそ、最後の事例動画を自分事のように観られた」といったことが話題に上りました。
参加者の1人は自身の勤める商業施設について振り返り、「休業日が減り続け、365日営業が常態化していたが、その後元旦に休業するようになった。すると、従業員が休めるようになっただけでなく、セールも盛り上がるようになった」といい、スズキクエストのように「金銭的な利益ではない活動に一歩足を踏み出した」ことによる実体験を共有するとともに、その重要さを訴えました。

自分ではないものになりきることで、“相手の立場を理解する”本質に気づく
この日講師を務めたEarth Companyの小松紀子さんに、ワークショップ後お話を伺いました。
「『相手の立場を理解する』ことを、頭ではわかっていながら、本当はできていなかったと気づいてもらうことは、このゲームを設計した際すごく大事にしました。自分とは違う人や自然物になりきることで視点が一気に広がるし、普段なかなか深くは話せない『社会課題について思うこと』が出てきます。
今日の参加者のみなさんは、自らの視点が大きく変わっていったり、相手の立場に心底共感されている点がすごく良かったと思っています。例えば『人以外の役を演じたことで“人権”についての見方が変わった』という方もいましたし、メンバー1人の物語に全員でフォーカスして、その立場になってみるグループもあって、今回のワークショップならではだったなと」。

まとめ
今回、グループ2のメンバーの1人「漁師の巌じいさん」としてワークショップに参加した筆者。“書くことしかできない”と自覚する自身が、生成AIが生み出す文章との競合について戸惑っているように、巌じいさんもまた、魚を獲る以外の生き方を知らず、海洋有識者の新しすぎる考え方に戸惑っている……と、彼を演じることで、彼の立場をより感覚的に理解できた気がします。
私たちがみんなでできることはなにか。これから折に触れて意識したいと思えたひとときでした。